文系出身者の建築構造計算 GenS Weblog

建築構造計算に関する情報 と 文系出身のGenSが極めて私見を綴ったWeblogです。たまに趣味ネタも書いてます。


免震構造普及への想い

それは免震構造というものが存在することを知ったときから,今までずっと胸の奥にある想いです。

にも関わらず,普及のスピードは遅々として上がらず,イニシャルコストの問題ばかりに終始して,結局は採用されない状況を沢山見てきました。

また「免震構造にしましょう!」という提案と,それを採用するか否かを決定する者(おおきな影響力を持つ者)が,大抵の場合において構造設計者ではないという現実も知りました。

このことは免震に限らず,通常の耐震構造の一般建築物でも同じです。より耐震安全性のグレードの高い材料・構(工)法の採用を,構造設計サイドから提案するケースは,私が知る限り極めて稀です。
同じ意匠プランでも構造設計者が変われば耐震安全性のグレードは自ずと異なります。程度差は別にしても同等でないことは構造業界の方なら容易に理解できると思います。
しかし,実際の耐震性能には差があるにも関わらず,同等レベルであるとして入札や業者選定がされるため,結局価格の安い方へ仕事が流れることになります。

ここには,素人である施主の「建築基準法で守られている」という錯覚と,「そうではない」という現実を施主に伝えられない(伝えない)業界という構図があります。

法のレベルは人命の保護でしかなく,もし極めて稀に起こる地震に遭遇すれば,梁は折れて曲がり,床は波打つように割れ,柱は傾き,建物は倒壊こそ免れるものの修復不可能なほど損傷するという現実。極稀地震に対してこのような設計がなされている現実を知る施主はほとんどいないはずです。

多くのお施主さんは,そんな大きな地震だったら「ガラスが割れたりコンクリートにひびが入ったりタイルが剥がれ落ちたりするかもしれないな」という感覚じゃないでしょうか。
まさか修復可能な限界を遥かに超え,命さえ助かったらそれでよしとするような,建物という財産を失う状況はまったく想定していないはずです。
にも関わらず,耐震安全性のグレードに関する何の合意もないまま,ビル建設という大きなビジネス契約が交わされ,何億何十億何百億という巨額のカネが動いています。

なぜでしょうか?

それは,耐震安全性は日々の使用で体感しようのない性能(できれば体感しないで済む方がいい)であることと,建築の多くが民業で資金に限りがあることとが理由だと考えます。

個人住宅を除いて建築は施主にとってはビジネスです。施主は高く貸せる部屋や高く売れるスペースを欲しているわけです。費用対効果さえはっきりしていれば,儲かるならば,イニシャルコストの多少の増加は問題にはならないはずです。
免震にするのにイニシャルコストが一割二割増えますなんて言って後のフォローがなければ,いくら性能を謳っても採用の可能性は低くなります。
英語しか話せない人に日本語で説得しているようなものです。
費用対効果をハッキリさせることでしか施主を説得する手立てはないと思っています。

つまりお金という共通の言語でしか説明も説得もできないということです。
要するに「貴方のビジネスにとって免震にしておいた方が得ですよ」「免震にしておかないと後で損しますよ」と言えればいいわけです。

これが言えるか否か,それを建物の耐用年数という時間軸を考慮した事業収支計画として示せるか否か,これが免震普及の分岐点になると私は思っています。

免震層の躯体費アップ,上部構造の躯体費ダウン,収益性の高いスペースの提供が可能,レンタブル比アップ,地震保険が安くなる,耐用年数中の地震遭遇の確率を考えた修繕費用の低減など,イニシャルコストをはじめとする施主にとって出てゆくカネだけでなく,入って来るカネを合わせて,収支として「耐震構造より早く○○年には収支が黒字に転換します」とか「耐震構造より収益が上がります」とさえ言えれば,それを証明できれば,免震構造の性能の話など一切しなくても免震が採用されるようになるはずです。

私にはそれを証明する術はありませんが,極稀地震で短期許容応力度程度の免震構造と,終局状態を許容している耐震構造では,耐震安全性のグレードがまったく違いますので,長い目で見たランニングコストが同等なはずはありません。だから現在の免震システムでも耐震構造より費用対効果の高い建物は作れるんじゃないか?いや出来るはず!,出来なけりゃおかしい!,そんな風に思っています。

でも私が一人で考えても答えなんて出ませんので,こんな話題が活発に議論される場に身を置きたいと思っています。でも中々そんな機会はありませんね。どこかに免震構造の収支に関するセミナーってやってないかなぁと思っています。

以上のような想いが,随分前に酔っ払った勢いであの高山先生に説教するように話した私の想いです。それも初対面で・・・(苦笑)。それでも先生は穏やかな口調で「教えてください」とおっしゃられ,最後まで私の話を聞いてくださいました。あの節は大変失礼いたしました。お会いしてお詫びさせていただける機会はまずないと思いますので,この場でお詫び申し上げるとともに,心の中で深く反省しています。

構造屋が如何にその性能を理解し設計手法を習得しても,免震が採用されなければ腕を振るう機会は来ないわけですから,これからは「免震か否か」に関わる場面に構造屋も居て,施主と共通の言語で説明し節得する必要があるはずです。
意匠屋との役割分担はケースバイケースでしょうが,いずれにせよ,構造技術を磨くだけでは免震構造の普及には繋がらず,返ってフラストレーションが溜まるだけな気がしますね。

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