文系出身者の建築構造計算 GenS Weblog

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いわゆる従軍慰安婦問題に関する私見

先日の河野談話の検証報告で明らかになったように,16人の元慰安婦に対する聞き取り調査の前に,日韓合作で談話がほぼ出来上がっていた。

河野談話を継承する姿勢に何ら変化はないと言う日本政府に失望した方も多いだろうが,これまで河野談話が足枷となって我々の先祖が強姦魔で殺人鬼だと貶められても反論すらできなかった日本が,初めて反論した画期的な出来事だったと私は思う。

結論から先に申せば,いわゆる従軍慰安婦問題とは,日本軍によるものではなく,朝鮮戦争当時の韓国軍特別慰安隊に始まり,その後韓半島に駐留する米兵向けの基地村と呼ばれる公娼で起こった韓国の国内問題であると考えている。共に民間業者が営む慰安所ではなく韓国軍が運営する施設であり,まさに従軍慰安婦と呼ぶべき女性がそこには存在した。

朝鮮戦争は1950年に勃発した。45年に敗戦した日本はGHQ統治下にあって武装解除されている。その当時に日本軍は存在しない。

なかったことを証明することは難しいが,私は逆に20万人もの朝鮮の婦女子を強制連行して性奴隷にすることが本当に可能だったのか?という視点で考えてみたい。

1910年〜1945年までの35年間,朝鮮半島は日本だった。

併合前の李氏朝鮮末期〜日清戦争を経て清国から独立を果たした大韓帝国の人口はわずかに1300万人ほどだった。

両班と呼ばれる支配階級だけが漢字の読み書きができ,普通の民や奴隷はみな文盲だった。当時の識字率は4%程度だったと言われている。日本にはなかった奴隷の存在もこの問題を読み解く鍵となろう。

日本が大東亜戦争に敗戦した45年当時の朝鮮の人口は2600万人と倍増している。また,1万ウォン札に描かれる世宗大王が創ったとされるハングル文字だが,16世紀初頭には使用禁止とされ,日韓併合後に日本が身分制度を廃止し,学校を建てて熱心に教育を行った結果,一気にハングルが普及して識字率は六割を超えることとなった。

以上のような歴史的背景から20万人性奴隷説を検証してみよう。

仮に大東亜戦争当時の朝鮮の人口を2千万人として,うち女性が1千万人だとしよう。日本軍人の夜の相手をさせようとしたとなると,10代後半から20代の女性と考えられる。よぼよぼの婆さんまで連行したとは到底考えにくい。

となると,慰安婦にできる女性は1千万人のうちどのくらいの人口比率だっただろうか。

半数の500万人も居ただろうか?併合後に朝鮮人の寿命は飛躍的に延びており,40代や50代あるいはもっと高齢の方も大勢いたはずだ。

では,200万人と仮定してみよう。そのうち20万人を慰安婦として奴隷狩りのように強制連行したとなると,10人に1人の若い婦女子を連れ去ったことになる。

にも関わらずである。

元慰安婦自身の証言以外に目撃証言が一切ない。暴動が起こったという史実もない。なぜだろうか。

65年に日韓基本条約を締結して国交正常化に至るまでに,準備期間を含めて十年以上も日韓両国は協議を続けてきた。その際戦時徴用工の未払い賃金等の請求権に関する交渉も行われ,個人に対してではなく韓国政府に一括して支払うことで合意している。

もし20万人もの自国の婦女子が強制連行されて性奴隷にされたのなら,なぜ国交正常化に向けての協議の際に,狂ったように日本に謝罪と賠償を求めて猛抗議しなかったのか。不思議でならない。

韓国側からは慰安婦の慰の字も出なかった。これが真実である。

10人に1人の自国の婦女子が性奴隷にされたのに,なぜ誰一人として目撃証言がないのか。そのとき朝鮮の男どもは何をしてたのか。自分の娘や姉や妹が連行されるのを黙って見てたのか。証言する勇気すらない腰抜けなのか。

そう考えると結論はひとつしかない。

日本軍にも民間業者が営む慰安所があり,軍が輸送や衛生管理等で直接あるいは間接的に関与したことは事実である。そこに朝鮮人女性も少なからず存在したことも紛れもない事実である。

自国内に特別慰安隊や基地村なる公娼が存在し,まさしく従軍慰安婦を抱えながら,韓国は日本と国交正常化へ向けた協議を重ねていたわけで,日本軍による慰安婦強制連行が事実ならば最大の争点でなければおかしい。猛抗議して当然だろう。なのに慰安婦問題にまったく触れていないのはなぜか?

彼らは日本軍にも慰安所があり朝鮮人の慰安婦も存在していた事実を知りながら,そのことを何ら問題視していなかったのだ。そう考えるしかあるまい。

つまり彼女たちは決して性奴隷などではなく売春婦だったということだ。

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